由利カオル

目標週一 実質月二 エッセイなど

#9「永遠に許されない罪もあるということ」

 

 

 2021年7月23日PM8:00。57年ぶり二回目となる東京での夏季オリンピックが開幕した。2013年に開催地として選定された際には随分などんちゃん騒ぎだったはずだが、実際の開催が近づくにつれ明らかになったその失望に足るお粗末さは多くの人に知られる結果になった。特に開催直前に続出した大会関係者の辞任・解任騒動には特に思うことがあり、こうして筆を取っている。

 テーマは「永遠に許されない罪」についてである。

 

 ラーメンズが好きだ。もちろん、世の中に1億2千万人いるラーメンズファンに並ぶほど熱心という訳ではないが、私もラーメンズが、そして小林賢太郎さんが好きである。

 特に好きなのは「銀河鉄道の夜のような夜」。大学一年生の時、友達に勧められてYouTubeで見たこのコントに衝撃を受け、演劇というコント、いやコントとしての演劇の素晴らしさに夢中になった。

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 その大好きなネタを作った小林賢太郎さんが、23年前に作ったネタの中の「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」というワンフレーズでオリンピック開会式前日にショーディレクターを解任された。

 このニュースには、その前に下劣な(としか言いようがない)過去のインタビュー記事で辞任に追い込まれた小山田圭吾氏に対するものとは違った反応が多々見られた。私の周りに彼のネタを愛している人が多かったというのも勿論ある。人間、愛している者には欲目が出るのは当然で、擁護したいと思う人の気持ちを否定するつもりはない。

 けれども、「作品の中のワンフレーズじゃん」とか「ネタが出された当時は駄目だという価値観が薄かった」とか、更には「いじめと違って当事者がもういないから時効」なんて言葉を見かけた時には、オイオイちょっと待ってくれ、と思う。

 まず、大前提の事実として、大虐殺の当事者とその家族は当然ながら現在も生きていることを確認したい。塵のように踏み躙られた600万人の命の中で、明日には「処分」される予定だったユダヤの人々が、その惨殺を笑いにできたコメディアンが平和の祭典に関わることをどう思うだろうか。あるいは、お母さんやお父さんが銃口を向けられ、そのまま引金を引かれていればこの世界に存在し得なかった子どもたち、生存者からその真実と恐怖を語り継がれた子孫たちは何を思うだろう。

 そして「不謹慎ネタだから」とか「当時のネタを今の価値観で裁くのが問題」と主張する人々に対しては、こう返したい。人間があの虐殺を笑いにできることは、過去も今も、そしてこれからもない、と。

 

 平和学習に訪れる前だったと思う。高校生の時、普段おどけた感じの物理の先生が引き締まった表情で言ったのをよく覚えている。

「原爆について、主語を間違えないでください。アメリカが日本に落としたんじゃない。人間が、人間の頭の上に落とせたことが、問題なんです」

 これはホロコーストにも、ひいてはいじめにも同じことが言えるのではないか。人間が、他の人間の尊厳を踏み躙った罪は決して、永遠に許されることはない。たとえどんな謝罪や償いが行われても、奪われた命や傷つけられた心は戻ってこないし、私たちの誰もがその罪を再び犯す可能性がある以上、誰にも笑う権利はない。

 というか、件のインタビューをした週刊誌もそうだが、何かが問題になった時に誰かが辞めて、それで終わりというのは非常に気持ちが悪いな、と思う。責任はその人だけでなく、その舞台・雑誌を作った人、供覧を止めなかった周りの人、販売されたものを買って笑った人たちの方にも確実にある。そしてそれは翻って、現代の私たちが何かを買い、何かを見る時にも発生する普遍的な責任だ。

 私にとって、「ユダヤ人大虐殺」は映画『シンドラーのリスト』の印象が強すぎるから、そのフレーズを聞いて目を閉じるだけで、燃えていく赤い服の少女が、手を振りながらどこへ運ばれるとも知らず焼却所に連れて行かれる笑顔の子どもたちが、そして煙突から雪のように舞う犠牲者たちの灰が、瞼の裏に立ち上がる。23年前、ネタを作った彼の瞼の裏には、何が浮かんでいただろう。それを笑った、人々の瞼の裏にも。

 もし何も浮かんでいなかったとしたら、それは日本の平和教育の完全なる失敗だよね、とかそのツケが2021年オリンピックで出てきてるんだよね、とか色々言い連ねることはできるが、キリがないのでここまでで許されたい。

 最後に。「当事者じゃないのに怒るな」という人には過剰な加害者叩きに加担していない限り、こう答えよう。メメント・ムカムカ。誰かのために怒ることには確実に意味があると。叶うならば、どんなフレーズを聞いても、瞼の裏に何かが立ち上がる人間になりたいものである。終わり。

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